ロバートデニーロの若い頃、妻は黒人!?息子たちについて!

ダンディ中のダンディ。男の中の男。誰もが憧れるおじちゃん、ロバートデニーロ。

今回はそんなカッコいいロバートの若い頃や妻子供について迫っていきます!

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ロバートデニーロのプロフィールを見る。


ロバートデニーロの若い頃、妻は黒人!?息子たちについて!
生年月日 1943年8月17日(74歳)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ニューヨーク州ニューヨーク市
身長 171.5cm
活動期間 1969年 –
活動内容 1974年:初のオスカー
1980年:2度目のオスカー
1988年:製作会社設立
1993年:映画初監督
配偶者 ダイアン・アボット
(1976年-1988年)
グレイス・ハイタワー

ロバートデニーロの若い頃

ロバートデニーロの若い頃、妻は黒人!?息子たちについて!

ロバートデニーロの若い頃、むちゃくちゃカッコいいと思っている

確かに男なら憧れますよね。無茶苦茶カッコいいです。

 

二ューヨークのグリニッジ・ヴィレッジ出身。

父親のロバート・デ・ニーロ・Sr.と母親のヴァージニア・アドミラルはともに画家。

父はイタリア系及びアイルランド系であり、母はイングランド、ドイツ、フランス、オランダの血を引いていた。

2歳の頃に両親が離婚し、母親の元で育てられたが、父親も近くに暮らしていたため行き来して育つ。

少年時代から役者に憧れ、ステラ・アドラーの下で演技を学んだ後に、名門アクターズ・スタジオに通った。

一時期ヨーロッパに出向き、各国を渡り歩きながら演技の修行をしていたこともあった。

クウォーター×クウォーターって感じで一体いくつの地域の血が混ざっているのでしょうか??

役者として駆け出しの頃は、
同様に無名フィルムメーカーであったブライアン・デ・パルマ監督とコンビを組んでいた。
1972年に公開された『ゴッドファーザー』でソニーやマイケル役のオーディションを受けたが落選。
しかし、監督のフランシス・フォード・コッポラはデ・ニーロの演技力を高く評価し、
続編の『PART II』では若きドン・ヴィト・コルレオーネの役を割り当てた。デ・ニーロは、
この役を演じるためにわざわざシチリアまで赴いてイタリア語を完璧にマスターした後、
マーロン・ブランドのしゃがれた声を真似るために必死の練習をしたという。
その演技は評判となりアカデミー助演男優賞を受賞した。

イタリア語を完璧にマスターしたのちにしゃがれ声をマスターするというハードスケジュール。

さすが、俳優魂といった感じでしょうか、、。

1973年には長らくコンビを組むことになるマーティン・スコセッシ監督の

『ミーン・ストリート』に出演。

ロバートデニーロの若い頃、妻は黒人!?息子たちについて!

これ以降、『タクシードライバー』(1976年)、

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『ニューヨーク・ニューヨーク』(1977年)、

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『レイジング・ブル』(1980年)、

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『キング・オブ・コメディ』(1983年)

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『グッドフェローズ』(1990年)、

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『ケープ・フィアー』(1991年)、

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『カジノ』(1995年)といった同監督の作品に主演した。

ロバートデニーロの若い頃、妻は黒人!?息子たちについて!

『ゴッドファーザー PART II』

ロバートデニーロの若い頃、妻は黒人!?息子たちについて!

若い時のドンを演じるのが若き日のロバート・デニーロ

 

ずいぶんと前のはずなのに時代を感じさせない上に役によって全然表情も違く別人にも思えてしまいます。

『レイジング・ブル』では体を鍛え上げボクサー役を演じた後、

老いた主人公を演じるために体重を20キロ増やした。

また、『アンタッチャブル』(1987年)においてはアル・カポネを演じるために頭髪を抜いている。

このようなデ・ニーロ流の徹底した役作りはデニーロ・アプローチと呼ばれるようになり、

彼の代名詞となった。

本当に元祖カメレオン俳優といったとこですね。

これまで多くの役者に影響を与えてきたことでしょう。


役作り伝説

  • 『ゴッドファーザー PART II』では、シチリア島に住んで、シチリア訛りのイタリア語をマスターした後に、マーロン・ブランドのしゃがれ声を完璧に模写した。

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考えただけで喉痛いっす。(笑)

  • 『タクシードライバー』では3週間、ニューヨークでタクシードライバーとして働いた。

そんなんタクシー会社の人もびっくりですよね(笑)働いちゃった(笑)

  • 『ディア・ハンター』では、物語の舞台となったピッツバーグに撮影数ヶ月前から偽名で暮らしていた。さらに鉄工所で働こうとしたが、現地の人に拒否されたという。

またまた働こうとする(笑)

  • 『レイジング・ブル』では実在したミドル級ボクサージェイク・ラモッタの鍛え抜かれた肉体を披露し、その後、引退後の姿を表現するために体重を20キロも増やした。このためイタリアに赴いて、現地のあらゆるレストランを食べ歩いた。

役作り♪役作り♪ 楽しそう(笑)

  • 主人公がユダヤ人の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』では、ユダヤ人家庭にホームステイした。

演じるなら本物でのければ!というのがモットー。

  • 『アンタッチャブル』では頭髪をそり上げ、アル・カポネを演じた。体重は直後に別の映画出演が決まっていたので太るわけにいかず、ボディスーツを着用したが、顔だけは太らせて撮影に臨んだ。

顔だけ太るのは結構至難の業だと思いますが、、。

  • 『ミッドナイト・ラン』では、マーティン・ブレストと共に実際の賞金稼ぎと共に行動し、捕獲の瞬間、張り込みを見学し、捜査の方法などを習得した。

なんか危なっかしいですね(笑)

  • 『ロバート・デ・ニーロ エグザイル』でホームレス役で出演するため、役づくりのためにホームレス施設に潜入した

ここまでのこだわりと精神力、行動力があってこそ大御所という名にふさわしい俳優さんになれたんでしょうね。

考えてみたら、当時はインターネットもないでしょうから調べることもできず、

実際に行くしかなかったんでしょうね

 


 

嫁は黒人!?

 

ロバートデニーロの若い頃、妻は黒人!?息子たちについて!

1976年に女優のダイアン・アボットと結婚し、アボットの娘ドレナ・デ・ニーロを養子にとり、

息子ラファエルをもうけるも1988年離婚。

最初の嫁さんですね、最初の奥さんは黒人の方ではないようです。それから

1995年には当時交際していたモデルのToukie Smithとの間に体外受精で双子をもうける。

1997年に女優のグレイス・ハイタワーと再婚

ロバートデニーロの若い頃、妻は黒人!?息子たちについて!

1998年には息子エリオットが生まれた。1999年8月にはデ・ニーロが離婚の申し立てを行ったが、

離婚はせず、2011年には娘グレイスが生まれている。

再婚した方は黒人の方でした

 


 

息子が自閉症??

2016年3月にトライベッカ映画祭への出品作品取り消し問題についての書面の中でエリオットが自閉症だと発表した。

1998年生まれのグレイスとのお子さんであるエリオット君が自閉症の問題を抱えているそうです。

このことに関してロバートデニーロはこのように語っています。

「子供が一晩で変わってしまった。そう言う人は多いだろうね。」
「僕の妻もそう言っている。僕自身は覚えていないんだ。でも息子は確かに自閉症だ。

「みんなが見るべきだと思う。」
「自閉症の子を持つ親として心配なんだ。

僕は事実を知りたい。ワクチンに反対というわけではない。

ただ安全なワクチンを望んでいるんだ。」

また番組ホストより「ワクチンと自閉症を関連づけるこれといった科学的証拠はない」と指摘されたデ・ニーロは、「(科学的証拠より)もっと複雑な何かがあると思う」と答えている。

後々に直ってくればいいですけどね、、決して他人事とは思えない話ではありますので。

心から回復を祈ってます、、。

 

実はめちゃめちゃ子だくさんのロバート。お子さんはなんと総勢6名、、。

元気すぎだ、、。

元恋人との間に生まれた双子のジュリアン・ヘンリーとアーロン・ケンドリック、

現在の妻グレース・ ハイタワーと息子のエリオットと。

ロバートデニーロの若い頃、妻は黒人!?息子たちについて!

 

ロバートには最初の妻ダイアンとの間に息子ラファエルがいるほか、

ダイアンの娘も養女に迎え、その後、

元モデルと交際中に代理出産で双子の息子を授かっている。

ロバートデニーロの若い頃、妻は黒人!?息子たちについて!

2011年には68歳にして、6人目の子どもをもうけている。

ロバートデニーロの若い頃、妻は黒人!?息子たちについて!

最早孫ですがね(笑)やっぱ元気すぎです!


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